Ein Notizbuch 2

人々の言葉を記録し、引き継ぐためのブログ
 
クリスマスのこぼれ話 - Pflaumentoffel - すもものトッフェル2
下は、Striezelmarkt シュトレンマーケットで見たすもものトッフェルハウス の画像。google で検索していただきました。





2013年フランクフルターアルゲマイネ10月31日版、Winterglanz Dresden 『冬の輝きドレスデン』の中から紹介する。

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昔、一人の貧しい洗濯女が住んでいた。彼女には二人の子どもがいた。貧しくて家賃が払えず、冬が来るというのに、家を出て行かなければならない。ところが、幸いなことに、すももがその秋は豊作だった。洗濯女はこのすももをたくさん焼いた。子どもたちはそのすももで人形を作り、それをクリスマス市に持っていった。人々が買ってくれて、人形はすべて売れた。母親は家賃を払うことができた。

ドレスデンの作家 Kurt Arnold Findeisen (1883-1963)がこの話を書き記しており、これが Pflaumentoffel が文献に登場した最初である。"Toffel"とは、ザクセン語で、少し愉快な人、という意味の表現である。

時とともに、Toffel ははしごを持たされ、シルクハットをかぶされるようになった。これは、1635年のザクセン選帝侯の布告の許可により、煙突掃除人たちに代わって、狭い煙突の中を這うようにして、掃除しなければならなかった、ザクセンの7歳および8歳の孤児たちを記憶するためであった。

これは、国家が黙認した児童労働の初期の実例である。


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以下は、ウィキペディアから。


1801年のクリスマスには、焼いたすももでつくった小男のスモモのToffel が記録されている。19世紀になると、再び、"Striezelkinder" シュトレンキンダーと呼ばれる子どもたちが登場する。彼らは、腹の前に売り箱をかかえ、自分で作った Toffel をザクセンやエルツの山々で開かれるクリスマス市で売って歩いた。

Pflaumentoffel が幸福のシンボルと呼ばれるのは、今日の視点で見れば児童労働という過酷なテーマを、民衆のユーモアや様々なクリスマスの風習を借りて、解釈の転換を行ったということである。

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『冬の輝きドレスデン』からもう少し引用する。


1910年まで、貧しい家の子どもたちは自分で作った Pflaumentoffel を寒さの中、暗い中、シュトレンマーケットで売って歩いた。その後、この児童労働は禁止された。1930年代の始めころ、この子どもたちへのオマージュとして、ザイフェンの大学の学長が、この子どもたちの姿を、木彫りの人形に再現した。

それは、腹の前に売り箱を抱えた、男の子と女の子の人形で、その売り箱の上には、美味しいお菓子がいっぱい載っている。


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幸福のシンボルと言われる Pflaumentoffel すもものトッフェル、そして、Striezelkinder シュトレンキンダーのことを、ここでこうしてまとめてメモして、大事にしたいと思う。


ザイフェンのオリジナルシュトレンキンダーの人形。
以下のサイトからいただきました。
https://www.sekaimon.com/



売り箱の上に Pflaumentoffel すもものトッフェルが載っているシュトレンキンダーの人形。以下のサイトからいただきました。
https://www.weihnachtshaus.eu/shop-seiffen/241/51/baumbehang-erzgebirge/baumbehang-holzfigur/baumbehang-farbig-striezelkinder-15-27-detail.html





| Till*eulenspiegel | ドイツの文化 - die deutsche Kultur | 23:20 | comments(0) | trackbacks(0) |
クリスマスのこぼれ話 - Pflaumentoffel - すもものトッフェル1

2015年ドレスデンの Striezelmarkt シュトレンのマ−ケットで買い求めたPflaumentoffel


偶然にも、ケムニッツで極右の人々による暴行事件が発生したこの8月末、親戚がケムニッツから、念願の旧西ドイツ側のウルムに引っ越すことになった。

ウルムはバイエルン州とバーデンヴュルテンベルク州の狭間にある都市で、中世には交易で栄え、町の中心には、世界で最も高い尖塔を持つウルム大聖堂があることで有名だから、その広場で開かれている Weihnachtsmarkt クリスマスマ−ケットもさぞ良いだろうと思い、聞いてみると、ケムニッツほどではない、ケムニッツのほうが良かった、という。

残念ながら、過去に、一日遅れで、ケムニッツのクリスマスマーケットを経験できなかったが、もう24日の午後二時で店じまいというドレスデンの der Striezelmarkt シュトレンのクリスマスマーケットをたった半日ではあるが経験できた。偶然にもそれが、ドイツで最古の、そして最大級かつ最も素晴らしいと言われるマーケットの一つの小さな体験となった。2015年のそれは581回目のマーケットだった。おそらく、ウルムのマーケットより、ケムニッツのほうが良かった、という背景には、ザクセンの特質(それは魅力であり固執でもある)があると思われてブログに記録しておくことにする。


ドレスデンに向かう電車の中のチラシをすでに読んでいて、いくつか気になっていたのが、まず der Striezelmarkt(すぐにシュトレンマーケットの意味と判明) 次に、der Pflaumentoffel という単語だった。ザクセン方言?ともかくよく分からない。とにかく心に残って、マーケットに入って探しながらGluehwein スパイス入りホット赤ワイン、Stollen シュトレン(イエス様を包んだといわれる着ぐるみ型の白いフルーツケーキパン)ろうそくや人形のお店を覗き、るんるん気分で、この der Pflaumentoffel を販売しているお店に突き当たった。
そして焼いたすももを足に3個、腕に2個、ボディに2個、串に刺してつくったこの人形を知ったのだった。

ドイツの文化に興味のある人ならすぐ気づくだろう。この姿がSchornsteinfeger 煙突掃除人 の姿を思わせることに。


Wikipedia によると語源は Pflaume 「すもも」と Feuerteufel 「火の悪魔」ということで何が何だか解らない。なんで子どものお菓子が悪魔なの?

| Till*eulenspiegel | ドイツの文化 - die deutsche Kultur | 13:50 | comments(0) | trackbacks(0) |

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