Ein Notizbuch 2

人々の言葉を記録し、引き継ぐためのブログ
 
ケムニッツはドイツのマンチェスター
11月16日、8月26日のこの度のケムニッツでの主に極右の人々による移民に対する暴行事件後初めて、連邦政府メルケル首相がケムニッツを訪れて、人々との対話集会に臨み、ライブ中継された。

冒頭、司会者に紹介されて、メルケル首相は、「非常に緊張している」とまず挨拶。質問者の第一問は、なぜこの日にケムニッツを訪問したのか、すなわち、言い換えれば、なぜこんなに遅くなってケムニッツを訪問することになったのか、というものだった。

ケムニッツを3度ではあるが、訪問して、短い期間だが市民生活に加わり、町の様子を垣間見て、移民への暴行は別として、AfDへの投票など、今のケムニッツを理解できる、と思えないわけではない。というのも、ケムニッツの経済が疲弊している、というのは訪れてみれば一目瞭然だし、通りを分け入っていけば、ため息をついてしまうほどだから。

若者が歩きたくなるような通りはなく、入りたくなるような喫茶店もなく、あちこちに廃屋があり、解体中の建物があり、石畳がでこぼこで、大きく陥没した場所に雨水がたまっている。そんな石畳を通って、やっと探し出したクリーニング店の店長は、明日閉店で、もし衣類を預けたければということで、知り合いの
クリーニング店のリストをくれた。改装されることもなく長年使われてきた店内。そう言えば入る時、ここが店?と首を傾げたくなる建物。

豊かな経済力を誇るドイツに、これほど疲弊している地域がある。ドレスデンからケムニッツに向かう電車の中で、ケムニッツ出身で現在はドレスデンで働く造園業の若い男性とずっと話していた。ドレスデンもライプツィヒも経済は好調なのに、ケムニッツだけがそうではない。若者が暮らしていけず、どんどん町を出て、ますます疲弊している、と彼は言っていた。

Pension の管理人にケムニッツの過去について質問した時、彼がこう言ったのが、印象に残った。

−ケムニッツは、ドイツのマンチェスターと呼ばれるほど、重工業の盛んな、豊かな町だったんです。

同じく旧東ドイツ・ザクセン州の中核都市でありながら、ドレスデンのように観光都市としても、ライプツィヒのように学研都市としても輝けず、重工業が去った後、苦しみ続けている。
ケムニッツに対しそんなイメージを私は抱いている。

| Till*eulenspiegel | 東ドイツと西ドイツ - Ostdeutschland und Westdeutschland | 13:59 | comments(0) | trackbacks(0) |

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