Ein Notizbuch 2

人々の言葉を記録し、引き継ぐためのブログ
 
ケムニッツで−2の1
Sueddeutsche Zeitung 『南ドイツ新聞』デジタル版
8月27日12時41分発表の記事から


https://www.sueddeutsche.de/politik/meinung-am-mittag-sachsen-in-chemnitz-hat-der-staat-versagt-1.4106092?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

極右主義がザクセン州の脅威であることを、ザクセン自らが受け入れなくては
ならない時がきている。それなのに、ケムニッツでの事件に関して、州首相の
意見表明があまりに遅かった。

アントニー・リッチェル氏(ライプツィヒ)の署名入り記事

ザクセン州政府の長い沈黙が酷い

一人の男性が亡くなった。彼は、ケムニッツで開催された市民祭りで
生じた争いで亡くなった。正確な諸事情はまだ不明である。警察はこれまで
のところ、二人の容疑者に対し逮捕命令を発した。一人のシリア人と一人の
イラク人に対してである。ケムニッツのような町で、このことは
弔うに十分な理由であるし、祭りを中断し、花を犯行現場に手向けるに
十分な動機となるだろう。ケムニッツでも数人が日曜にそうした。しかし
すべての人々がしたのではない。

極右主義者たちは男性の死を、自分たちの目的のために悪用している。
このことはとっくに明々白々なことだったし、おそらく誰がその首謀者で
あるかも分かっていた。この町が日曜日に体験したことは、
葬送行進などではなかった。SNSで拡散された様々な画像は、
サッカーのブンデスリーガで危険なプレイを目の当たりにして起きる
暴動を思い起こさせた。800人の極右主義者たちが吠え立てながら、
通りを行進した。行進先にいて動揺した移民たちは、罵倒され、攻撃された
と目撃者たちが報告している。それらは、2015年の、あの不安を彷彿と
させる光景である。ザクセンのハイデナウで、200人のネオナチたちが
難民収容施設の前で暴れ回ったあのときのことである。

ハイデナウ、クラウズニッツ、フライタール。いずれもザクセンの土地を
挙げなければならないのだ。ザクセンのこれらの土地での暴行から3年が
経過した。当時の乱暴者たちがさらに過激化したこの3年で、ネットワーク化も
さらに進んだ。フーリガンたちにとっても同じだ。この3年で、明らかに
人々にはその場限りの叫び声が必要になり、そればかりでなく、
800人もの人々が憎悪のパレードに集まってくるようになった。

この3年間、警察はこのような状況に対処するよう過大な重荷を
背負わされ続けている。ハイデナウでは、当時、警察は、引き下がらずを
得ず、ネオナチに戦場を明け渡さざるを得なかった。ケムニッツでも、
警察は無力である。800人の極右主義者たちが市内を行進できたのである。
まるで町が彼らのものであるかのように。もっと酷いことが起きなかった
のは幸運だったにすぎない。州政府の機能不全について語ることは、従って
大げさでもなんでもない。

| Till*eulenspiegel | ドイツの人種差別主義 - Rassismus | 16:06 | comments(0) | trackbacks(0) |

コメント
コメントする









この記事のトラックバックURL
http://aqf25001.blog.bai.ne.jp/trackback/226073
トラックバック
Calendar
SUNMONTUEWEDTHUFRISAT
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30      
<< September 2018 >>

RECENT COMMENTS

CATEGORIES

ARCHIVES

LINKS

PROFILE

OTHERS

PageTop