Ein Notizbuch 2

人々の言葉を記録し、引き継ぐためのブログ
 
ケムニッツで−1の1
私事都合でほぼ2週間ネットから離れていた間の8月26日日曜日、
ここ数年に渡って、3度訪問していたドイツのザクセン州の小都市ケムニッツで
事件が起こった。

その後、2週間が経過している今、ネットをいろいろ検索して、主に SZ、 
すなわち Sueddeutsche Zeitung 『南ドイツ新聞』デジタル版から
いくつか情報を得たので、まとめておこうと思う。

昨年の総選挙で、極右の政党である AfD(ドイツのための選択肢)が第3政党
にまで成長し、不気味さを感じ続けていた。ケムニッツを訪れる度に、
言葉で、態度で、視線で差別を受け続けてきた。この町で事件が起こり、
その結果、どんどん動きが悪くも、また良い方向でも拡大していっている
現実に、舞台がケムニッツであることに、「やっぱり」という思いを隠せない。

時系列を整理するのが難しいので、ほぼ直訳しておく。

南ドイツ新聞での最初の報道は、8月27日午前6時12分である。

https://www.sueddeutsche.de/politik/nach-toedlicher-messerattacke-rechte-ziehen-durch-chemnitz-1.4106033?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

右翼主義者たちがケムニッツを行進− 移民たちへの不当な暴力

警察の発表によれば、26日日曜日の夜、ケムニッツの中心街を、
約800人の右翼主義者たちが行進した。

35歳の男性の死という、様々に異なる国籍の人々の間で生じた争いが、
結果的に不幸な結果を生んだことが背景にある。

検察と警察は殺人容疑で犯人を捜査中である。

ケムニッツのスポークスマンは、日曜の出来事については、分析が必要だ、
と語っており、警察のスポークスマンは、市内への警察の動員が強化された
こともあり、行進は静かに行われた。夜に特別な出来事はなかった、と
語っている。

警察によると、26日の日曜日に、中心街に集まるように、
インターネットで多数呼びかけが行われた。まず、午後3時ころに
100人が集まってきた。彼らは妨害行為をすることもなく集まってきた。
AfDへ賛同する声をあげていた。午後4時30分ごろ、別のグループがこれに
加わった。MDR(中央ドイツ放送)の発表によると、このグループには、
ケムニッツの極右のサッカー統一団体 Ultra-Fussballvereinigung Kaotic Chemnitz が加わっていた。警察によると、この時、叫ぶ人々の数は
すでに800人になっていた。

担当者の話によると「人々のグループは警察の呼びかけに答えることも
なく、協力の姿勢を見せることもなかった。」グループは突然動き出した。
警察は最初は少ない動員でこれに対処していたが、その後、ドレスデンと
ライプツィヒからの応援の動員で対処できたという。集会は、この夜は
流れ解散していった、という。

| Till*eulenspiegel | ドイツの人種差別主義 - Rassismus | 10:41 | comments(0) | trackbacks(0) |

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