Ein Notizbuch 2

人々の言葉を記録し、引き継ぐためのブログ
 
君はどこにいるのか? 1



愛しい息子

子供の頃はまるで女の子みたいだった、あの優しいペーターが
何が何でも戦争に行くという。
これがペーターの最後の写真だ。



そして、ペーターは従軍直後に戦死した。
母であり、ドイツで最も名高い芸術家の一人である
ケーテ・コルビッツ Käthe Kollwitz は、自分の息子のために
碑を刻んだ。ピエタ Pieta である。




ケーテ・コルビッツは、一人の母の身に起こり得る最悪の出来事、
すなわち、子どもの死を体験した。日記の中で、芸術家は
その苦悩について語っている。それは、その苦悩に耐えて生き延びる
ためである。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

上記は、ドイツ発行で、自称、ヨーロッパ最大級の歴史雑誌という、
P.M. HISTORY 2016年1月号 の中の、
Thomas Röbke トーマス・レブケ氏による興味深い記事である。

ドイツの、ある程度の都市ならば、どこにでも存在する

「ケーテ・コルビッツ通り」

の名の芸術家が残した日記についての記事だ。

沖縄にある佐喜真美術館に彼女のいくつかの作品が収蔵されている。
まだその作品群を見たことがなく、ベルリンの美術館でも見るチャンスに恵まれず、いつか見たいという気持がつのるばかり。ここ1年、「だれの子どもも殺させない」という言葉と彼女の彫刻とがいつもリンクしていた。
いつか見る時のためにも、彼女の日記からいくつか訳してみたいと思う。

彼女の日記の紹介文には次のように書かれている。

「ドイツの三つの帝国を生き、二つの世界大戦を生きた、
ケーテ・コルビッツの35年間にわたる日記は、ドイツ史の激動のエポックを
記しているのみならず、革命の熱狂から批判的冷静さを取り戻すまでの
政治的立場の変遷をも包括するものである。

とりわけ、驚くほど飾り気のない、しかし的確な表現で、これらの日記が
描き出すのは、母であり芸術家である一人の女性の、不安と疑念、
そして、苦悩と希望である。」

Käthe Kollwitz Die Tagebücher 1908〜1943

『ケーテ・コルビッツ 日記 1908〜1943』2012年

画像は P.M.HISTORY 1月号から。

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