Ein Notizbuch 2

人々の言葉を記録し、引き継ぐためのブログ
 
ペギダとは何か?なぜペギダなのか? 11
このような自己確認の物語によって、ドレスデンの教養ある市民層の多数は、
--- 彼らはテルカンプの小説『塔』の中で、文学で永遠化された --- SEDドイツ社会主義統一党体制に対して、免疫を持つことができた。と同時に、DDR時代もずっと生き残ってきた、ノスタルジックな美化というコクーンの中へ閉じこもって繭を作り続けてきた。ドレスデン特有の保守主義はこのような振る舞いを食べて栄養としている。この保守主義は、自分たちの文化、伝統そしてアイデンティティを強調し、守ることにだけ義務付けられているようには見えない。この保守主義を味方につけて、推測にしかすぎない危険、あるいは、この「無傷な世界のノスタルジア」を脅かすものに、強力な防衛反射というべき運動体が悠然と立ち向かってゆく。グローバリゼーション、イスラムのテロ、そして膨大な移民・難民行動の、正しく現下の帰結は、正常さ、安定性そして安全性を保ったこの状態を脅かす、言い換えれば、過去数十年に及んだ、深刻な所得記録、社会経済、および人口統計の大変革の後に、ようやく再び到来したこの状態を脅かすものだと解釈される。

ペギダはザクセンを揺さぶり、ドレスデンを引き裂いた。長い間、共和国の成功の歴史によって覆い隠されてきた緊張と軋轢がはっきりと目に見えるようになった。ドレスデンの市民社会は、政治的関心を呼び覚まされ、静観主義や無力状態にとどまらないで、旗幟鮮明にするよう求められているように思われる。ペギダは「道化芝居」をはるかにしのぐものである。この運動は、ここ数年のうちに、移民社会におけるアイデンティティをめぐる政治的文化的軋轢と意味付けの戦いの前触れと意味づけられることになるかもしれない。ルサンチマン構造は、ペギダとは無関係に広く存在するだろうし、政治的に影響を及ぼし続けるだろう。

基本的に、民主主義的秩序にあって、ポピュリズムを充電した憤慨運動の役割というのは、矛盾を内蔵したものと評価される。憤慨運動というのは、民主主義の脅威とも、あるいは、民主主義の退化の兆候とも解釈される。なぜなら、憤慨運動は、民主主義的秩序への病的な関係にあるからである。しかしながら、この運動はまた、大衆の関与による民主主義の政治的約束を果たすための、民主主義への要請とも理解される。

| Till*eulenspiegel | ドイツ- Pegida | 14:06 | comments(0) | trackbacks(0) |

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