Ein Notizbuch 2

人々の言葉を記録し、引き継ぐためのブログ
 
ペギダとは何か?なぜペギダなのか? 10
もし、誰かが、ドレスデンで、というよりむしろザクセンでペギダが生れ、持続していることについて、挙げられる局地的また地域的な特徴は何かと尋ねるなら、関連し合う政治的および文化的な二つの説明が思い浮かぶ。その1つは、ザクセンが強固な自意識と伝統意識という点で際立っているということである。政治的独自性を持つ長い歴史、芸術と(宮廷の)綺羅びやかな発展と技術の「発明の精神」が一体となった、いわゆるザクセンの「輝き」という伝統が、その特徴として挙げられる。これを土台にして、集団的自己中心性と強情、と表現される「地元民の団結」が栄えてきたのだ。この自己認識は、DDR時代にも守られ続けた。1990年以降の社会経済崩壊の困難な年月の間、例外なくCDUによって導かれてきた政府はこの規範を受け継ぐものだった。すなわち、我々は、東ドイツにおける経済的、社会的、そして文化的発展の先駆者となるべき誇り高き者たちだ、という規範である。

「外国人」、同じく「馴染みがない」と感じる政治的エリート、またメディアエリートに対する敵対的な考え方を集団で、しかも公の場で饒舌に言葉に載せる態勢がどうやらできていることも、とりわけ、大ぴらに大事に守られてきた民族文化的中道主義の証拠と解釈できる。「ザクセンの熱狂的国粋主義」は、自分たちのグループは過大評価し、外国人を過小評価し、現地人の特権を強烈に主張しながら、悠然と歩いてゆく。

メディア上で、ドレスデンが、あらゆるデモと呼ばれるデモを強く印象づける舞台となっているという事情を、軽く見過ごしてはならない。毎年2月13日になると、「アングロ・アメリカンの爆撃機部隊」によるこの「バロック」都市の破壊が、儀式のように、追憶の中に呼び覚まされてきたことは、ドレスデンを、ヨーロッパ中から結集したネオ・ナチたちが行進してゆく光景を映し出す舞台にさせてしまった。と同時に、ドレスデンの市民社会は、数十年以上にも渡って、常にドレスデンが自分には罪のない事情の犠牲者として描かれてきた自画像を大事に守り育ててきた。それによって、この都市のナチの過去は黙殺され、過去の都市計画の美しさや文化の輝きの再興というノスタルジックなヴィジョンが作り出されることになったのだった。

| Till*eulenspiegel | ドイツ- Pegida | 19:29 | comments(0) | trackbacks(0) |

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