Ein Notizbuch 2

人々の言葉を記録し、引き継ぐためのブログ
 
ペギダとは何か?なぜペギダなのか? 9
ドレスデン、というより、ザクセン州で、ペギダが特に成果を出したのはなぜなのかという問に対しては、繰り返し繰り返し、とりわけ顕著な反外国人と反イスラムに関する推察で、答えとされてきた。それは不思議なことではない。なぜなら、スピーチ担当者たちは、自分たちがイスラム教とイスラム教信者をひっくるめて拒否するということに、何の懐疑も持っていなかったからである。しかしながら、「イスラム教」、なかんずく、「イスラム化」というテーマが、さしあたり抵抗の中心的な動機ではなく、支持者動員の主要素でもないことが分かってきた。そればかりか、反イスラムに関して、デモ参加者たちは、全住民の平均的な思考規範と全く違っていなかったのである。

西ドイツでは、反イスラム的考え方は、多くの場合、日常の感覚によって刻み込まれている。ドレスデンのペギダの反イスラムというのは、始めはむしろ漠然とあっただけで、押し寄せる異文化の影響が過度に及ぶのではという抽象的な観念から噴出したものだった。イスラム教信者は、見知らぬ人、新参者、いわゆる、他者全体、の拒絶を映し出すスクリーン上で彼らを代表する者として使われたのだ。とにかく、危惧の念というものが、難民危機の様子を見て具体化していると思われるのである。ペギダの支持者たちは、彼らの認識では、自分たちは正しいと感じており、「我々がそのことをこれまで常に言ってきたんだ」というポーズで自らの行動の果実を収穫することができる。反抗的な「ザクセンが、どうなるか思い知らせる」という言葉は、舵取りのいない移住問題に対する単なる抵抗原則となっているだけではない。同時にそれは、誇るべき、特別な「ザクセン的展望」の表現と見なされているのである。

算出し確定された反外国人ペギダデモ参加者たちの規模は、これまでの長期研究で東ドイツに関し定期的に測られてきたレベルと合致した。実証結果はまた、ザクセンの州都(ドレスデン)とその周辺地域の住民が、その他の地域と同程度に反外国人的ではないことを示した。このため、一般的に東ザクセンが反外国人的行動の動機の理想的な温床である、という見方の論拠を示すことはできない。にもかかわらず、正にこのザクセンで、反外国人の暴力行為は激しく増加していった。間違いなく、ペギダは、ここで、政治文化の野蛮化に貢献してきたのだ。加えてザクセンは、長い年月、よく組織された、強固な極右的光景を温存してきているため、路上での、レトリックな開放と、物理的な開放との境界はぼやけさだかでなくなりつつある。


| Till*eulenspiegel | ドイツ- Pegida | 18:21 | comments(0) | trackbacks(0) |

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