Ein Notizbuch 2

人々の言葉を記録し、引き継ぐためのブログ
 
ペギダとは何か?なぜペギダなのか? 6
このように公に表現される憤慨の言葉は、グローバル化を批判する抵抗として生れ、シュテファン・ヘッセルのような知識階級によって、政治的にまた綱領的にも鼓舞されるなど、これまでは専ら、かつての左翼政治陣営のものと言われてきた。ペギダは世間の注目を惹くために、類似のメカニズムと象徴的な形式を踏襲したのだ。その際、ペギダの誕生の時も、頂点に達した時も、決定的な役割を果たしたのが、ソーシャルメディアだった。しかも、コミュニケーション(伝達)と組織化のヴァーチャル空間として。

しかし、ペギダが1つの運動になったのは、名だたる通りや広場を、要するにリアルな空間を、一般大衆に効き目があるように専有することを戦略とした瞬間だった。ペギダがそれを実行したから、参加者は増えたのだ。大衆運動としてのペギダのパフォーマンス的儀式、およびその式次第は一体だった。月曜日ごとに、集会と「夕べのお散歩」によって構成されているこの行事は、1つの儀式となったのだ。規則的に繰り返すことによって参加者には、同じ思いを持った人々の共同体に属しているのだ、という感情が生まれた。このような公の場で演出されることにのみ、無力感を克服し、コミュニカティブな力を獲得できる可能性が含まれていたのである。

この限りでは、ペギダは、代表民主制のシステム変更の反映と見ることもできる。一面では、民主主義のソーシャルインフラ(社会的経済基盤)の前進的解体と書き留めることもできる。政党、組合、常連客の集まる会合、諸団体は、政治的に結合し組織化し、さらに統合する性格を次第に失いつつある。恒常的な政治参加への態勢づくりも減少し、アドホック・イニシアティブ(その場その場の主導権)や、インターネット上の匿名のフォーラムコメントが、新しい活動形式になっている。今後、民主主義的な関与や参加の既成の方法は、空回りする状況が一段と差し迫っている。


| Till*eulenspiegel | ドイツ- Pegida | 17:22 | comments(0) | trackbacks(0) |

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