Ein Notizbuch 2

人々の言葉を記録し、引き継ぐためのブログ
 
草の根
「沖縄を思うとやりきれない、暴動でも起こしたいくらいだ。
でも一人では起こせない。」と宇沢先生が語ってから、もう5年。
宇沢先生も亡くなってしまった。

権力をもたない私たちが、どうやったら権力者に立ち向かっていける
だろう。

最近はいつもそんなことを考える。

『世界』11月号、高橋真樹氏のルポルタージュ
「パレスチナはどうなっているか」によると、
イスラエルによるパレスチナ入植をめぐっては、今年7月に起こった
ナブルス放火事件がイスラエルのみならず国際社会を震撼させたという。
ヨルダン川西岸都市ナブルス近郊の村で、7月31日未明、ユダヤ人入植者
とみられる容疑者が、パレスチナ人の住宅に火炎瓶を投げ込み、
一歳の乳児と両親が焼死、4歳の長男が重傷で治療中という事件だ。

そして問題は、このような事件が日々起きていることであり、
国際法違反の入植地政策を続け、入植者の暴力を野放しにしてきた
イスラエル政府の政策にある、という。

このあまりに酷い状況に絶望するしかないパレスチナの
人々の中に、非暴力で戦い続けている人々がいる。
高橋氏のルポから、そのことをメモしたいと思う。

人口約6000人、ベツレヘム近郊の、約2000年前ローマ時代に作られた
段々畑と灌漑システムが保存されてきたバティール村は、多様な
作物を育て都市部に出荷してきた。
この村を貫く線路はイスラエルのものだが、かろうじて線路の向こうの
農地で作物を作り続けてこられた。が、そこにイスラエル軍は、
分離壁を建設すると発表したのだ。

村人たちの抵抗が始まる。弁護士を雇い裁判。敗訴の連続。国際社会
に訴えるプロジェクト開始。イスラエルの許可がなければ測量さえ
できないという事情。ユネスコに協力を依頼、測量にこぎつける。
ようやく、地形、水資源などカテゴリーごとの17枚の地図が完成。
村の記録、歴史を収集。それに4年を費やす。

国家資格を持たないパレスチナに国際賞へのエントリーは、
イスラエルの妨害もあり、困難だったが、ユネスコとギリシャ政府
共催の「メリナ・メルクーリ国際賞」に繰り返しエントリーして、
2011年に受賞。同年10月、ユネスコの正式な加盟国として承認される。

イスラエルとアメリカはこれに反対、アメリカ政府がユネスコへの
分担金拠出を拒否した。

パレスチナは、世界遺産申請が可能となり、ベツレヘムの
キリスト生誕教会を申請、2012年登録された。そして、2014年、
バティール村が、

「オリーブとワインの地、エルサレム南部バティールの文化的景観」

という名称で、世界文化遺産に登録された。同時に、分離壁の脅威に
さらされているということで、危機遺産リストにも載った。
そして、これを受けて、イスラエルの最高裁判所が、分離壁建設計画
の差し止めという判決を下したのだという。

イスラエル政府が分離壁建設を断念したわけではない。彼らの戦いは
続いている。ここにこぎ着くまでに10年。
パレスチナ自治政府は、2012年、国連でのオブザーバー国家に認定され、
2015年4月には、国際刑事裁判所に正式加盟。パレスチナの国際社会での
存在感は急速に高まり、イスラエルの孤立化が深まっている、という。

この息の長い、踏まれても、大地に根をはってへこたれない非暴力の
抵抗が唯一の希望に思える。日々、伝えられるイスラエルの強権的な
政策と、パレスチナの困難。

宇沢先生、暴動を起こさないで、バティール村の人々のように、
権力と闘うしかないようです。

| Till*eulenspiegel | 世界−die Welt | 01:18 | comments(0) | trackbacks(0) |

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