Ein Notizbuch 2

人々の言葉を記録し、引き継ぐためのブログ
 
クーデターの完成に向けて
今朝、共謀罪法、政府の言う、テロ等準備罪法が可決成立した、という。
あちこちのブログを読むと、NHKは、本会議の様子をほとんど報じなかった、
ということだ。

20日後にはこの法律は施行されるということである。恐ろしい。

昨年だったか、緊急事態条項でお試し憲法改正が行われるのでは、と
憲法学者や、弁護士たちが、様々に発言し、市民の勉強会も行われた。
その時、升永弁護士が強調していたのが、緊急事態条項によって、
発言力ある人々が政府を批判したとの理由で抹殺され、その後成立した
全権委任法で、全体主義国家の体制を整えていった、ナチスドイツの
やり方だった。

発言力のある政治家、ジャーナリスト5000人ほども
粛清すれば十分だ。それによって、真実は、一切人々に知らされなくなる。

そういう趣旨のことを升永弁護士は語っていた。

今、緊急事態条項ではなく、共謀罪法によって、それが実現しようと
している、と感じる。平成の治安維持法、と共謀罪についてはこの間、
ずっと語られてきた。

私は、この間、三宮の東遊園地からフラワーロード、センター街を、
「監視社会を許すな!」と、2度デモに参加した。もちろん、たった
2度に過ぎない。

先週は、元町駅前で行われた、コッカイオンドクのデモにギャラリー
として参加した。一人でも多くの人に立ち止まって聞いて欲しい。
コッカイでは、こんなアホらしい答弁がまかり通っている現実を
知って欲しい。NHKを見ていたってだめなんです。心の中で
叫びながら。

20日後には、施行されるこの法律で、人々はどう行動するだろう。
密告を奨励する仕組みになっているという。これまた、旧東ドイツが
そうであったように。旧東ドイツがどれほどの監視・密告社会であったか、
最近の映画では『善き人のためのソナタ(原題 Das Leben der Anderen)』
『東ベルリンから来た女(原題 Barbara)』を見ると、
ある程度は解ると思う。

旧東ドイツのザクセン州では、約30年前まで存在した監視社会の実態が
すでに若者たちの間では忘れられていることを懸念して、ギムナジウム
での教育の一環として、俳優が シュタージ Stasi (国家保安省)職員役を
演じ、生徒たちが市民役となり、小さな罪を咎めて、長時間の尋問を行い、
密告を促し、密告すれば罪は咎めないよ、という甘い言葉にそそのかされる
実体験をするという授業を行っている、と以前、
フランクフルター・アルゲマイネで読んだことがある。

思い出す努力、忘れない努力をしなければ、人はすぐ忘れてしまう。
しかも、それを経験していない人々にも伝えていかなければ
ならないのだ。

5月3日、安倍総裁が、日本会議で流したメッセージが今日も流れた。

「憲法とは、国の理想を語るものです。」

まことしやかに。自分だけの理想で市民を縛ろうとする権力者。

しかし、これは嘘だ。憲法とは、権力者が守らなければならない
ルールブックなのだ。


クーデターがもう少しで、完成する。おそらく、憲法が改正されたら、
完成だ。
| Till*eulenspiegel | 憲法 - Verfassung | 09:17 | comments(0) | trackbacks(0) |
「抵抗権」を学ぶ 6
ドイツ憲法(基本法)20条はこうなっている。


(1) ドイツ連邦共和国は、民主的かつ社会的連邦国家である。

(2) すべての国家権力は、国民より発する。国家権力は、国民により、選挙および投票によって、ならびに立法、執行権および司法の特別の機関を通じて行使される。

(3) 立法は、憲法的秩序に拘束され、執行権および司法は、法律および法に拘束される。

(4) すべてのドイツ人は、この秩序を除去しようと企てる何人に対しても、他の救済手段が存在しないときは、抵抗権を有する。



沈在宇氏の論文 『抵抗権』から

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

この4項、「この秩序(自由民主主義憲法秩序)を排除しようと試みるすべての者について、他に救済手段が不可能な場合に、すべてのドイツ国民は抵抗する権利を持つ。」これがドイツ基本法に規定された、

「憲法守護権としての抵抗権」

である。
この抵抗権は、クーデターや革命によって国家権力の作用が排除されている権力真空状態にあって、その簒奪に対応する抵抗権であり、目的は自由民主主義憲法秩序を守護することである。

従って、この抵抗権は暴力に対抗する抵抗権ではない。

抵抗しようとする国民は決して自己の人権や市民権を防御するために抵抗するのではなく、国家緊急権に該当する抵抗権を行使するためである。

憲法体制を簒奪から守護する責任は、本来、国家にあるもので、国民にあるものではない。

いかなる国家憲法も、自己の存立を否認する革命に対し無防備状態でいることはできず、自己存立のための国家緊急権を持っているが、それが不意の奇襲によって緊急権を行使出来ない時、国家に代わって、国民が憲法守護の緊急援助に出てくるよう呼びかけることが、この第20条4項の趣旨である。

この抵抗は、反対権のように、法治国家内に位置するわけではない。
この抵抗は、本来の抵抗権のように、不法国家に位置するのでもない。
この抵抗は、両者の中間に位置する。

すなわち、法治国家憲法が麻痺しているとは言え、まだ不法国家憲法が確立されてはいないからである。

暴政に対抗する抵抗権の保護法益は、直接的に人間の基本権である。
簒奪に対抗する抵抗権の保護法益は、間接的で、人間の基本権を保護する基本秩序である。

この基本秩序を排除する憲法破壊行為に対処することが憲法守護権、ないし、憲法緊急権としての抵抗権である。

この抵抗権は、既存の憲法秩序を守護するためのものであるから、本質からみて保守的なものである。

スラデチェック* は次のように説明している。

「憲法守護権としての抵抗権は、憲法上、革命のように既存の法秩序への攻撃に向けられるのではなく、その防御に向けられるものである。抵抗のモラルは、正当な憲法状態の死滅を防止することである。従って、このモラルは保守的である。抵抗において、既存の憲法状態との関係は肯定的である。

抵抗は憲法を破壊するのではなく、極端的な緊急状況下で、憲法を守護するための最後の手段としてなされる。あらゆる権利のなかの権利(Recht aller Rechte)である。

したがって、暴政にたいする抵抗権が、その本質からみて革命的であるのとは対照的である。


* H.Sladeczek, Zum konstitutionellen Problem des Widerstandes, in: ARSP, Bd.53, 1957, S.370.


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

あくまでも既存の自由民主主義憲法秩序を守るための、憲法守護権としての抵抗権。

日本国憲法第99条で、「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負う」はずの首相が、自民党総裁という二枚目の舌を使って、この5月3日の憲法記念日に、一方的に、憲法改正の期日を述べ、与党にその準備を命じた
私は、これは憲法改正とは名ばかりで、憲法排除、簒奪(クーデター)だと思う。これが簒奪でなくてなんだろう。**

権利のなかの権利。憲法守護権としての抵抗権が私たちの憲法にもあったら。ないものねだりをしても仕方がないが、そう強く思う。

講演会で、関西学院大学の教授が、さほど必要ではないような風だったが、この憲法守護権としての抵抗権を是非、憲法改正するなら規定してほしい、と思うがどうだろう。

それにしても、この権利の中の権利をどう行使すれば、憲法は守れるのだろうか。


** そう言えば、安保法制の議論の時、憲法学者の石川健治氏が、2014年7月1日に安倍政権が行った集団的自衛権に関する閣議決定を、「クーデターだ。」と語っていたのを思い出す。だとすると、私たちは、そのクーデターの最中にあると認識すべきではないか。

そう言えば、今年5月4日のSession22で、やはり、石川健治氏は、こう述べていた。今思い起こすと、身震いするほど恐ろしい。

「天皇陛下が、廃位させられたのでなければ、いいのですが。」

天皇のメッセージは、象徴として責務を果たしてきたが、その責務を果たせなくなる前に、その責務が継続して果たせる仕組みを作って欲しい、国民に考えて欲しい、というメッセージだったはず。

憲法の第1条で、「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく。」と書かれているのに、国民の総意などそっちのけに、1回限りの生前退位で片付けた現政権。
象徴としての責務など、あなた限りで結構、と言わんばかり。

「天皇陛下が、廃位させられたのでなければ、いいのですが。」

いや、廃位させられたのだ。おそらく。そうでなければ、今上天皇の
怒り Unmut が表明されるはずがない。Der Spiegel 22 号は、その
83ページで、この怒りについて報道している。

| Till*eulenspiegel | 憲法 - Verfassung | 16:39 | comments(0) | trackbacks(0) |
「抵抗権」を学ぶ 5
沈在宇氏の論文 『抵抗権』から

全くの専門外であるため、かなり難しく、沈氏の論考をまとめるだけの
ものになっています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

掘…餽蓋△領犒燭板餽馨況

(1)反対権としての抵抗権

法治国家は憲法において、言論、出版、集会、結社、示威の自由を
認めている。国民はこのような自由を通じて、国政を批判、抗議、
糾弾、反対することができる。

つまり、憲法で保障された民主主義的政治的自由権の行使によって、
国家権力の濫用を防止し、誤用が是正されることから、これは
予防的抵抗権ということができる。

これは憲法内抵抗権に属し、主に全面罷業(ゼネスト)や
暴力的闘争形態を取ることがあるにしても、あくまでも
「反対権としての抵抗権」にすぎない。

憲法内的抵抗権と、憲法外的抵抗権は明白に区別されなければならない。
これは、合法的暴力と、非合法的暴力の区別であるからである。

「反対権としての抵抗権」は、憲法上許された合法的な暴力行為であり、
現存憲法秩序の保障のもとで、その維持のために行われ、決して
それを否認したり、破壊するために行使されるものではない。

従って、この反対権を行使しながら、抵抗権を援用することは
法的には正当化されず、自己矛盾である。

ナイデルト* は次のように言う。

「法治国家内での合法的な反対権と、不法国家に対抗する正当化された
抵抗権を混同してはならない。反対権は合法的だが、人権と市民権への
侵害が極端な場合に、これを防御する最後の手段として援用される
抵抗権は、抵抗権それ自体に対する特殊な正当化根拠を除けば
非合法な自殺行為であり、法律違反である。このような
反対権と抵抗権を同一視するのは、不法国家の極端な状況を、
法治国家の中に引き込む結果を招く。」

「法治国家内における抵抗権」は、「不法国家内における反対権」と
同様に矛盾する概念である。

にもかかわらず、抵抗権の発動を不法国家内に局限した場合、およそその
実効性が期待されないという理由から、法治国家内に引き込むことを
期待する人びとも少なくない。 **

いったん独裁政権ができ、弾圧が始まると、いかなる国民も抵抗でその
独裁を排除できる可能性は少なくなる。したがって、最も効果的な抵抗は、
独裁政権が確立される前に行わなければならない。なぜ、抵抗がすでに
事実上不可能になるまで、待たなければならないのか。

ロック*** はこのように言っている。

「国民が奴隷になった後、彼らの自由のために闘争するよう命ずるのと
同様なもので、彼らを鎖でつないでおいて自由に行動するよう命ずるのと
同じである。」

独裁政権が確立する前に、日常的に(alltäglich)、小さな(klein)、
部分的(partiell)抵抗が行われることが必要である。


すなわち、批判権や反対権を行使することが必要ということである。
そして、これは抵抗権の行使ではない。

抵抗権と反対権の関係をみる場合、抵抗権は、反対し批判する自由のない
ところで、そのような自由を得るために闘争するものである。
反対権は、そのような自由があるところで、その自由を行使することに
よって抵抗状態が現れないように予防する機能をもっているものである。

全体主義国家は、つねに抵抗状況下にある。民主主義国家は、決して
抵抗状況下にはなく、反対状況と批判状況下にのみおかれている。

反対と批判ができるところでは、あえて抵抗する必要がないからである。

------------------------------------------------------------------

*ルドルフ・ナイデルト(Rudolf Neidert) 
『ショーペンハウアーの法哲学と抵抗権についてのその沈黙』等の著作がある。
"Die Rechtsphilosophie Schopenhauers und ihr Schweigen zum Widerstandsrecht"
引用は、Renaissance des Widerstandsrechts? in: Neue Politische Literatur,14,Jg., 1969. S.248

** ここで名が挙がっているのは、
アルトゥール・カウフマン(Arthur Kaufmann)
フリッツ・バウアー(Fritz Bauer)
マックス・プリビラ(Max Pribilla)など。

*** ジョン・ロック(John Locke)
「抵抗権の最大擁護者」(Wikipedia)
引用は、Two Treatises of Government, by Peter Laslett, 2.edition, 1967,.chap.19,§220,p.429.


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今にして思えば、講演会で、私が「抵抗権」について質問した時に、
講演者が答えた、「抵抗権がなくとも、皆でわらわらとやって
いきましょう」という発言はこのことを言っているのだろうか、と
いう気がする。ロックの言うように、日常的に、小さく、部分的に
抵抗する必要があるのだと。すると、その講演者が、
「ドイツでは基本法に規定されていますが」と前置きした、
その「抵抗権」とはどのようなものなのだろう。

次のパラグラフは「ドイツ基本法の抵抗権」である。

| Till*eulenspiegel | 憲法 - Verfassung | 20:22 | comments(0) | trackbacks(0) |
「抵抗権」を学ぶ 4
沈在宇氏の論文『抵抗権』から

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

憲法政策的には、最小限四段階にわたって援用できる抵抗権として
みることができる。

(1)法として国家権力を制限する法治国家原則一般

(2)憲法破壊の前段階で法治国家憲法を維持するために行使される
   すべての抗議と示威、批判と反対

(3)憲法破壊の進行段階で法治国家を守護するために行使される
   憲法守護権

(4)憲法破壊後に法治国家憲法を回復するために行使される抵抗権


四段階にわたって行使される抵抗権の機能と目標は、法治国家憲法を
維持、守護、回復すること
である。

(1)(2)は憲法内的抵抗権、すなわち制度化された抵抗権であり、
(3)(4)は憲法外的抵抗権、すなわち制度化されていない抵抗権である。

両者は、シーソーのような力学関係におかれている。
つまり、憲法内的抵抗権が機能を正しく発揮していれば憲法外的抵抗権
は作用する余地はなく、憲法内的抵抗権の機能が弱化、あるいは喪失
すれば憲法外的抵抗権は強化され、発動される。


ケーギは次のように述べている。
「抵抗権と法治国家は、相互に力学的な原則のもとにおかれている。
憲法内的抵抗権が機能を失えば、憲法外抵抗権を呼び込むことに
なる。この法則が、このように作用しない場合には、奴隷状態への道
開かれることになる。」

憲法内的抵抗権と憲法外的抵抗権は、ともに法治国家憲法の構成要素
であり、憲法破壊に対処する憲法守護、憲法回復手段として、
法治国家憲法の内在的構成原理である。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

この憲法外的抵抗権として、実際、どのような行動が有りうるのか。

憲法破壊が進み、そして、もし、憲法外抵抗権が機能しなかった時、
行使されなかった時に、私たちを待っている、ケーギの言う
奴隷状態への道の怖ろしさ。


特定秘密保護法、安保法制(集団的自衛権容認)と強行採決で決めて
きた現政権に対し、私たちが示しているのは、おそらく(2)なのだろう。

ちなみに、youtube の動画で知った事実を一つ。

首相が「強行採決など考えたことは一度もない」と言ったこと
に対し、私は本当に驚いたのだが、新聞はかつて一度も「強行採決」と
書いたことはなく、朝日新聞は「採決を強行」とだけ書いたということだ。
なるほど、世間は首相の語った通りに流れている。新聞がなぜそうしたか、
それは官邸から厳しいクレームが来るからだそうである。

加えて共謀罪がすぐ控えている。

| Till*eulenspiegel | 憲法 - Verfassung | 23:54 | - | - |
「抵抗権」を学ぶ 3
沈在宇氏の論文 『抵抗権』より (鈴木敏夫訳)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

供)ー9餡鳩法の構成原理としての抵抗権


法治国家、あるいは、法治国家憲法と言う時、
それは何を意味しているのか。

現代の法治国家概念は、単純に法として組織され、法として治める
形式的法治国家を意味するのではない。

そうではなくて、法の内容と、法の価値に拘束される実質的法治国家を
意味する。

すなわち、人間の尊厳と価値、そして人権を尊重し保護することを
その目的とする法治国家を言う。

したがって、現代の自由民主主義法治国家憲法は、国家権力を
このような法内容と法価値をもって拘束している。

(この点で、日本国憲法の第97条の基本的人権を削除し、
日本国憲法第98条の、国家権力が尊重しなければならない憲法を、
第102条で、全て国民は、この憲法を尊重しなければならないとし、
拘束されるのは国民になっている自民党の憲法改正草案
では、
法治国家は達成されない。)

拘束するための、憲法上設けられたさまざまな制度が以下である。

権力分立制度

憲法裁判制度

弾劾制度

議会制度

選挙制度

司法権の独立

多党制制度

言論、出版、集会、結社の自由などの保障

表現、批判、反対、示威の自由などの保障


これらの制度は、国家権力の濫用を防止するためのものとして、

制度化された抵抗権

の機能をする。

憲法上の制度がまだ準備されていないか、または準備されていても
憲法的現実としてその規範力が発揮されていない場合は、
「制度化された抵抗権」は援用できない。

ケーギは、「制度化された抵抗権」を<憲法内的抵抗>といい、
「制度化されていない抵抗権}を<憲法外的抵抗>と呼んでいる。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

これらの憲法上「制度化された抵抗権」について、一つ一つ考えてみた。
権力分立制度は機能しているだろうか。一人一票裁判で繰り返される
「違憲状態」判決を思うと、司法と立法が分立しているとは、
どうしても思えない。

憲法裁判制度は無い。

3分の2の強行採決の連続で、国会が軽視されている今、議会制度は
機能しているとは思えない。

選挙制度はどうだろう。司法権は?『絶望の裁判所』を書いた
瀬木氏の話を聞いた。原発訴訟を思い起こしても、独立しているとは
思えない。これで、共謀罪が強行採決されてしまったら、
言論、出版、集会、結社の自由は? 表現、批判、反対、示威の自由は?

果たして、今もうすでに、この国で「制度化された抵抗権」の規範力は
失われかけているのではないだろうか。

国家権力の濫用を防止するための抵抗の余地はあるのだろうか。


なお、第102条で明らかになったように、自民党憲法改正案が目指して
いるのは、法治国家憲法ではない、ということだ。



| Till*eulenspiegel | 憲法 - Verfassung | 02:08 | - | - |
「抵抗権」を学ぶ 2
沈在宇氏の論文『抵抗権』(北大法学論集,44(6):441-468) から

序言

1991年に書かれたこの論文の背景には、当時、東欧圏で起こった
共産独裁主義の崩壊、1989年のベルリンの壁崩壊と、1990年の
東西ドイツ統一があった。この序言において、沈氏は冒頭に置かれた
中世後期の引用句が、20世紀末のこれらの出来事をあたかも
予言したもののようだ、と述べている。


「東欧で起きた一連の事態は、自由のために共産党一党独裁に
対する国民の抵抗権の発動にほかならない。」

「我々はこの偉大な革命を可能にした抵抗権の意義と機能を学問的に
考察する必要があろう。」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ここで、私は、1991年に、沈氏の本国である韓国では、どのような
ことが起こっていたのか、少しだけ調べてみた。

当時は盧泰愚大統領の時代。真っ先に検索できたのは、
韓流映画に興味のある人なら知っているであろう、韓国で未解決の
3大事件、即ち、『殺人の追憶』で描かれた、華城(ファソン)連続
殺人事件の最後の被害者が出た年であり、『カエル少年失踪殺人事件』で
描かれた、この名そのものの事件が起こった年であり、『あいつの声』で
描かれた、イ・ヒョンホ君誘拐事件が起こった年なのだった。

なお、金泳三大統領の文民政権が始まるのは1993年、金大中大統領の
国民の政府が始まるのは1998年である。弁護士から身を起こした
盧武鉉大統領の参与政府が始まるのは2003年である。


| Till*eulenspiegel | 憲法 - Verfassung | 14:21 | comments(0) | trackbacks(0) |
「抵抗権」を学ぶ 1
「ある国民およびある時代が、自由というものをどう考えるか、
それが最初の問いである。いつ、どのような理由で、彼らの支配者を
暴力的な支配者だとして<暴君>と呼ぶのか・・・・そして、この時、
国民たちはその暴君についていかなる形態の抵抗を知っているかと
いうことが、つぎの問いである。これに対する答えは、いわば、
ある一国民の政治意識の水準を明らかにする。・・・・すなわち、
ある一国民またはある国家内において、暴政と暴君概念がどれだけ
活性化されているかによって、その国民が自由に与える価値とその
国民の自由一般に対する観念が明らかにされる。」

この引用文は、1936年ライプツィヒ大学に提出された中世後期の
暴君殺害論に関する博士学位論文の一節ということである。

「抵抗権」について論じている

沈在宇氏の論文『抵抗権』(北大法学論集44(6): 441-468)

は、この一節から始まっている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

この冬、緊急事態条項を学ぶ講演会に出席して、質問時、
講演者に「抵抗権」について質問した。返答は、

ドイツ基本法には、「抵抗権」規定があるが、日本国憲法にはない。
しかし、皆でわらわらとやっていきましょう。

というものだった。事情がわからず、その後もんもんとして、
やっと自分で学べばいいのだと気づいた。
沈在宇氏の論文を少しづつまとめてみたいと思う。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

目次を紹介する。

機―言

供)ー9餡鳩法の構成原理としての抵抗権

掘…餽蓋△領犒燭板餽馨況

  (1) 反対権としての抵抗権

  (2) 憲法守護権としての抵抗権

(3) 人権としての抵抗権

検…餽蓋△料反ゲ修筏範化の限界

后…餽蓋△寮掬化根拠と抵抗権論

  (1) 孟子の抵抗権論(易姓革命論)

  (2) Milton の抵抗権論

  (3) Locke の抵抗権論

(4) Rousseau の抵抗権論

此〃觚


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

西欧では抵抗権は、まず、キリスト教の教えから生まれたと言われる。
神の国に帰依する信者が、神の権威は国王の権威の上位にあるとして、
抵抗し、数多く処刑されていった事実がある。

それを言うのなら、かつて日本にもキリスト教に殉じて、多くの信者が、
時の権力者に従わず、処刑されていった。また、それ以外にも、
いくつもの政治的な反乱があった。そう言えば、百姓一揆も。


| Till*eulenspiegel | 憲法 - Verfassung | 07:34 | - | - |
責任主義 −憲法−
昨年12月21日に、東京都北区北とぴあで開かれたシンポジウム
『衆議院議員選挙をどう戦うか〜立憲政治の再生を〜』で語った憲法学者の
石川健治氏の話から、ポイント的にまとめたいと思う。

石川氏が立憲主義の要として語ったのが、「責任主義」という考え方だった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

責任主義には2つの責任がある。

責任の一つは、政治家の責任
憲法前文には、「国政は国民の厳粛な信託による」と書かれており、
これこそ、責任主義の現れである。
国民がいったんはすべてをまるごと議会(政治家)に預ける。
だからこそ、預けられた側の政治家には責任が発生する。
信託された政治家はやりたい放題でいいわけがない。
むしろ、国民に対して議会政治家には重たい責任が発生する。

憲法66条3項には、「内閣は、行政権の行使について、国会に対し、
連帯して責任を負う。」とあるように、不信任決議がされれば、
内閣は総辞職をしなければならない。

責任主義にはもう一つの責任がある。
それが、国民自身の責任である。
すなわち、現在の国民が過去の国民と将来の国民に対して持つ責任である。

憲法97条には、過去の国民から、現在と未来の国民に人権が
信託されたのだ、と書かれている。

「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる
自由獲得の努力の成果であって、これらの権利は、過去幾多の試練に
堪え、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利と
して信託されたものである。」

この預けられた基本的人権を煮て食っても、焼いて食ってもいいという
ものではない。預けられた方には責任が生じる。
過去の責任、戦争で亡くなった人々に対して我々は責任を負っている。
勝ち取った人権というものを繋いでいかなければならない、という責任を
負っている。誰のためになのか?

それは将来の国民のためである。

国民と、国政を委ねられた議会政治家たちの責任の関係というのは、
まずは説明責任というものである。それが十分でなければ、選挙で負けて
辞職となる。

ここで国民自身の責任について考えてみる必要がある。
選挙権とは何なのか。選挙権とは権利であるだけではなく、公務でもある、
という考え方が通説である。責任を負っているのであり、公務である、と
強調している。一体誰に対する責任なのか。過去の国民と将来の国民に
対してである。

権利ならば、行使しない自由があるというわけだが、本来は過去と将来の
国民のために投票しなければならないはずだ。

こういう考え方が、個人の尊厳というところから出てくる。

将来の国民のために投票する。この中には、自然環境を不可逆的に
破壊してはいけないとか、やっと獲得した自由を失ってはならないとか、
あるいはまた、平和が含まれている。

この責任というコンセプトを大事にしていってほしい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

石川氏は、このシンポジウムの主催者である市民連合に対し、
聴衆に対し、こう述べて、責任主義という考え方について考えてほしい、
と要請した。

石川健治氏の言葉の引用は、iwj 1月12日配信の動画による。

| Till*eulenspiegel | 憲法 - Verfassung | 16:50 | comments(0) | trackbacks(0) |

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