Ein Notizbuch 2

人々の言葉を記録し、引き継ぐためのブログ
 
Memorial Day ベトナム・抵抗する力 8
Ron Dellums 氏の講演より

ですから、私たちが今の若い世代に対し言わなくてはならないことは、
こういうことです。

焦る気持ちを捨て、命令に従う気持ちを捨て、
今のきみたちが、立ち上がらなくてはならない。

私はずっと、ハワード大学で若い人々に講義をしてきました。
そうして私が気づいたこと、それが最後のポイントです、
それをあなた方に話すことにします。
それは、今の世代がこの事をすでに解っているということです。
若い人々はこの声をいつも聞いているわけではない。
が、耳を傾ければ、聞こえる。なぜなら、彼らは注意深く
耳を傾けている人たちだからです。

そして、私が最後に私の絶対的な確信を述べなければ
ならないならば、私はこの若い世代への信頼を挙げるでしょう。
彼らが担っている重荷は、私たちが担っている重荷とは
別のものなのですから、そして、いつか、彼らが立ち上がるなら、
彼らはアメリカを変え、彼らの子どもたちのために、
彼らの子どもたちの子どもたちのために
世界を変えるでしょうから。


Ron Dellums 氏の講演、終わり。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

マーチン・ルーサー・キング牧師は、ベトナム戦争に反対した折、
こう語った。

「私は、自分の道徳的な関心事を分け隔て出来ないからだ。」

「分け隔てる」という訳語の原語は、segregate。辞書によると、

「(人・団体を)分離する、隔離する。
(ある人種・社会層)に対する差別待遇をする。
(地域・国家)に差別政策を実施する」

という意味だ。そして、映画館で見た『グローリー・明日への行進』
でマーチン・ルーサー・キング牧師が、黒人差別を表現するために
使っていた単語が segregate だった。

印象深く残ったので、この単語を強調しておきたい。


原発を憂い、TPPを憂い、秘密保護法を憂い、武器輸出三原則廃止を憂い、
今、集団的自衛権の諸法案の強行採決を憂う、それは、私たちが
自らの道徳的な関心事を分け隔てできないということだと、学んだ。
それでいいのだと、学んだ。

そして、焦る必要はないということ。家を出て、声を発するのを
やめなければ、成就できるということ。
それがいつか、はわからないけれど、平和という山の頂上への道を
失うことはない、ということ。



| Till*eulenspiegel | 平和運動− USA | 19:50 | comments(0) | trackbacks(0) |
Memorial Day ベトナム・抵抗する力 7
Ron Dellums 氏の講演より。

2つ目の違いは、このことです。つまり、マーチン・ルーサー・キングは
私たちに対して、私たちにはそれができないとは、決して語らなかった、
ということです。彼は、家を出て、世界を変えるようにと言いました。
思い起こしてください。彼は言いました。

「私は最後の時に、あなたたちと一緒にいることはないかもしれない。
しかし、私はもうすでに山の頂上に着いたのだ。だから、私は
あなたたちに、このように語ることができる。
私たちは成し遂げるだろう。」

そうです。私たちは世界を変えられるだろう、と感じました。
私たちは世界を変えるために家を出ました。しかし、
今の世代は一日24時間中、システムが壊れてしまった、
あなたたちはもうそれは直せない、
システムは買われ、支払われてしまった、あなたたちは
もうそれを取り戻せない、と聞かされ続けている。

人々が冷笑主義や党派的な政治にしか由来しないような
浅い政治的分析や、この人だったら、あの人だったら、
世界を変えられるというよな、個性の形成の仕方的な食べ物を
常に食べさせられている時に、
どのように動いたら、世界が変えられるでしょうか。
このような食べ物が、対峙されなければならない政策上の諸問題の
実質性を扱うことなく、それを偏狭で皮相な分析に矮小化している中で。



| Till*eulenspiegel | 平和運動− USA | 11:42 | comments(0) | trackbacks(0) |
Memorial Day ベトナム・抵抗する力 6
Ron Dellums 氏の講演より。

最後に指摘したいのですが。そうですね、もう時間がありませんし、
わずかばかり時間をオーヴァーするかもしれません。
ともかく、若い人々が私に次のように尋ねました。

「貴方が私たちと同じ年令だったころの貴方の世代と、私たちの世代の
違いはなんでしょうか?」

私はあなた方に、私の答えの全てを伝えるつもりはありません。なぜなら、
この問いはとてもよい問いだと思うからです。ただ二つのことを述べたいと
思います。

マーチン・ルーサー・キング牧師は、平和と、公正と、平等と平和の
名において私たちに声を挙げるよう話しました。なぜなら、それは人が
行動すべき、正しいことであり、道徳的なことであり、倫理的なことだから。
今の世代はそれをしなくてはならない。なぜなら、それが今できる
唯一のことだから。それが今や避けられないこととなっているからです。

こうして、私たちの世代にとって原則であったことが、
今の世代にとっての緊急の課題となっています。なぜなら、私たちは
戦争の代償があまりに法外であることを知っているからです。
この問題を無視することの代償が、人間という存在に襲いかかってくる
ことを知っているからです。私たちは、今、この緊急の課題を表明する
という責任を持っているということを、命がけで行動で示すのです。


| Till*eulenspiegel | 平和運動− USA | 04:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
Memorial Day ベトナム・抵抗する力 5
Ron Dellums 氏の講演から。

私は、この点について、皆様によく考えていただきたいのです。
非難しようとは思いません。ただ、よく考えて見なければならない問題だと
述べているだけです。なぜなら、私は、この瞬間に、実は何度も
立ち会ってきたから。

皆様、思いを巡らせてみてください。というのも、私は、最終的に
ベトナム戦争を終結させたあの運動が、この国の最大にして最も強力な
運動となったのだと信じているからです。

しかし、ベトナム戦争が終結した時、人々の多くが家に帰ってしまった。
差別主義、貧困、空腹、病気、ホームレスと闘う私たちを残して、
帰ってしまったのです。そして、私が人生を通して嘆き続けているのは
次のことです。

もし、マーチン・ルーサー・キング牧師の言葉を聞いた人々が、

「ベトナム戦争を終結させた今こそ、不正の別の果実を分かちあうことに
しよう」

と言ったとしたら、一体、この国と、この世界には何が起こったか、と
いうことです。

この世界はどのように見えるでしょう。

パット・シュレーダーが思い出させてくれます。私は、かつて
議会のフロアで、あのメッセージを、私の同僚が解るように、ほんの少し
ひねってみました。確かに全くその言葉どおりの意味にはならなかった、
そのことは私の咎です。

平和は単に戦争の不在ではない。平和とは戦争を起こす諸条件の不在だ。

どうでしょうか?

すると、もし、私たちが共にこの運動を続けていたら、
この国際的共同体はどう見えたはずでしょう。
この世界はグローバルになったでしょうか。
アメリカはどうなっていたでしょう。もし、これらの諸問題に
私たちが共に挑戦し続けていたら、私たちは相変わらず、
ボルチモア事件と同様の事件を見続けることになっていたでしょうか。

しかし、遅すぎるということはないのです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

訳注:ボルチモア事件とは、メリーランド州ボルチモアで、白人警官が黒人男性を逮捕する際に頚椎損傷させて死亡させた事件。2015年4月12日(死亡は19日)の事件。その後、ボルチモアでは暴動が起こった。
ブログ『アメリカ田舎留学録』より  詳しくは以下参照

http://ruralpostdoc.com/diary/112-riot-in-baltimore-md.html


| Till*eulenspiegel | 平和運動− USA | 10:28 | - | - |
Memorial Day ベトナム・抵抗する力 4
Ron Dellums 氏の講演から

教育についての彼の教えの1つは、眩しいほど、力強いメッセージでした。

「私たちは北ベトナムに爆弾を投下している。それはアメリカのスラム街で、
バリオ地区(中南米系住人が多く暮らす)で爆発しているのだ。」

信じ難いほどまざまざと!あり得ぬほど強力な、ヴィジョン。

彼は人々に向かって語っていたのです。

戦争に費やされる数十億ドルと、
アメリカのスラム街およびバリオ地区で起きている不正に
声も出せない非力さとの間にある関係を、理解しなさい。
これは、特権者たちの仕業だということを、理解しなさい。

何という力強いメッセージ。

けれども、私にとっての、私の人生を永遠に形成した、最も
力のあるメッセージは、以下の言葉でした。

「平和は、単なる戦争不在ではない。公正さの存在が平和なのだ。」

私は、この言葉を次のように解釈しました。

平和運動こそ、本源的な運動である。平和こそ、最も優れた理念である。
あらゆる運動の中で平和運動こそ包摂的な運動である。
だからこそ、あらゆる形態の不正に対し挑戦する力を私たちに与える
平和の旗印の下に共に集うことにしよう。


| Till*eulenspiegel | 平和運動− USA | 09:21 | comments(0) | trackbacks(0) |
Memorial Day ベトナム・抵抗する力 3
Ron Dellums 氏の講演より

こうして、マーチン・ルーサー・キング牧師は批判者たちに答えるために
全国を、東西南北と講演し始めるのです。
彼は、カリフォルニア、バークレイへやってきます。バークレイにある、
カリフォルニア大学のスプルールホールの階段へ、文字どおり、
何千人もの人々でごった返しているホールへとやってきます。

一人の若い黒人の男が、数千人の群衆の後ろに、ずっと立って、一つ一つの
言葉を逃すまいとしています。この時、この男は、自分の人生が永遠に
変えられてしまうだろうとは、解っていませんでした。

そして私は、彼がこのスピーチで、そして、ベトナム戦争に対し、
急進的に異議申立てを行い続けた幾多のスピーチで語った、4つのポイントに
言及しようと思うのです。

第一に、彼は言いました。
「なぜ、私は立ち上がったのか?」

彼の答えはこうでした。
「私は、自分の道徳的な関心事を分け隔て出来ないからだ。」

このことは、私に向かって次のように言っていました。
私達は不正がもたらすすべての出来事に異議申立てを行わなければ
ならない。というのも、マーチン・ルーサー・キング牧師が語ったのは、
私達は私たちの道徳的関心事を分け隔てできない、ということだから。

第二に、彼は言いました。2種類のリーダーがいる、と。
一方は、コンセンサスが形成されるまで待って、素早くグループの
先頭に躍り出て、リーダーシップを宣言するタイプだ。
しかし、その時、彼は、リーダーにはもう一つのタイプがある、
と語りました。それは、無謀さを持ち、リスクを覚悟で、
新しいコンセンサスを形成しようとする勇気を持つリーダーだと。

私は、それは次のことを意味すると解釈しました。

私たちは人種的抑圧、文化的抑圧、経済的抑圧という重荷を背負ってきたが、
私たちは無知という重荷を背負う必要はなかったのだ、ということ。

私たちには、世界という闘いの場に入って行き、
教育に関心を持ち、実際に人々を教育し、
抑圧と不正が生むあらゆる問題には、相互に関係性があり、繋がっており、
関連し合っているということを、彼らが理解できるよう助ける、
義務も権利も責任もあったのだ、ということです。


| Till*eulenspiegel | 平和運動− USA | 19:04 | comments(0) | trackbacks(0) |
Memorial Day ベトナム・抵抗する力 2
Ron Dellums 氏の講演より

しかし、1967年に、マジックは起こりました。才気にあふれ、預言者の
オーラを放ち、歯切れよく、雄弁な、あの聖職者が、1967年、
ニューヨーク、リバーサイド教会の聖書台へと上り、
ベトナム戦争反対の理由を述べたのです。

それは、勇気に満ちた、しかも歴史的なことでした。

彼は道徳的に反対であることを表明しました。彼はベトナム戦争を
不正な、不法な、しかも不道徳なものと判断したのです。

彼が説教壇から降りた時、市民権運動の人々が、次のように言って、
彼を攻撃しました。

「マーチン、自分の道を外れちゃダメだ。いやだなあ。君は
市民権運動家じゃないか。この市民権運動を弱めちゃだめだ。
きっとまた新しい敵を作ることになるよ。君は、我々がしていることを
ばかにするつもりなのか。自分の道を外れちゃダメだ。」

白人たちは、次のように言って、同様に彼を徹底的に攻撃しました。

「マーチン・ルーサー・キング牧師、道を外れちゃダメですよ。
あなたは市民権運動のリーダーでしょう。海外政策や国家保障について、
しかも、戦争や平和について、あなたが一体何を知っているって
いうんですか。道を外れちゃダメですよ。」

| Till*eulenspiegel | 平和運動− USA | 18:40 | comments(0) | trackbacks(0) |
Momorial Day ベトナム・抵抗する力 1
Democracy Now を検索していたら、この動画に行き着いた。
5月25日は、何かベトナムに関するメモリアル・ディなのかな、と
調べていたら違った。

http://www.democracynow.org/2015/5/25/former_congressman_ron_dellums_organizing_for

Wikiによると、5月25日は、戦没将兵追悼記念日、いわゆる
Momorial Day、連邦政府が決めた祝日で、5月の最終月曜日ということ
なのだった。最初は、南北戦争で亡くなった北軍兵士を追悼することから
始まり、今では、あらゆる戦争、軍事行動で亡くなった、男女の兵士を
追悼する日となっているらしい。

そして2015年のこの日、ワシントン D.C.ニューヨーク・アベニューの
長老派教会で 「Vietnam: The Power of Protest ベトナム:抵抗する力」
という集会が開かれた。

行われた3つのスピーチの1つ、元下院議員 Ron Dellums ロン・デラムズ氏の
スピーチを記録しておきたいと思う。

このスピーチを聞いて、現在自分が抱いていた不安、不安から来る焦りから
わずかながら、いやかなりの部分、抜け出せた、そう思えたから。

スピーチはすべて英語で文字起こしされている。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

親愛なる皆様、私は入江の地域、すなわち、オークランド、バークレイ
からやって来ました。

そこでは、そのほかのこの国の多くの都市と異なり、60年代のあらゆる
運動がきわめて密接して起こったのであり、しかも同時に起こったのでした。

そうです。
多くのそのほかの都市とは異なり、私達は互いの怒りに触り、
互いの激怒を体感し、互いの分析に耳を傾け、互いの情熱を
感じ、互いの音楽に耳をすまさなければなりませんでした。

そして私は、このアクティビズム(積極行動主義)の途方もなく
沸騰する大釜から、人々のユニークなグループは生まれたのだ、と
主張するものです。

そうです。私達は聞きました。というのも、私達は互いに耳を
すまさなければならなかったのです。私達は、市民権運動について
聞きました。国家主義者運動について聞きました。ブラウン・ベレー、
ブラックパンサー党、グレーパンサー党、幾多の運動のすべてについて
聞いたのです。

私は、1966年、Bob Scheer ボブ・シェアーという名前の若者のことを
覚えています。ボブ・シェアーは、ジャーナリストで、その4年後に
私が勝利することになった人物と対立していました。

私は覚えています。私達はよく集会から帰ってきたものです。
その集会とは、この若者が、なぜ私達がベトナム戦争に反対すべき
なのか、についての卓越した分析を書いた、と私達が聞いた
集会でした。

私達は集会から戻って、こう言ったものです。

「なってこった、ひどい気取り屋だ」しかも、そうなんです。
白人でした。やれやれ!


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


もうすぐ、キング牧師の映画 Selma 日本題『グローリー・明日への行進』
が公開される。本当に楽しみだ。(6月19日公開)

私が不安と焦りから抜け出せたと思えた。それはロン・デラムズが
キング牧師の言葉を語って、メッセージの真意を伝えてくれたから。







| Till*eulenspiegel | 平和運動− USA | 03:53 | comments(0) | trackbacks(0) |

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